2014年03月24日

TOPページ

(本サイトの元ページ →『TOPページ』

ここには、サイト全般へのご意見ご感想をどうぞ。

ちなみに、背景画像は室町幕府の公方様の
11代目足利義材(よしき)です。

またの名を義尹(よしただ)
またの名を義稙(よしたね)

コテンパン運命に翻弄された一生でしたが、決して挫けませんでした。
強く楽しく頼りない、だけどみんなに愛された
そんな最も室町らしい公方様です。

(※追記…
 背景画像については、最近義材でない事が多いです。
 そんな時は当ブログ記事
 「チラ裏総目録「2014年10月〜」「一周年です」
 をどうぞ。」)




それから、背景の上の方と下の方家紋はそれぞれ
足利家、及び足利一門の
『二つ引両』(ふたつひきりょう)と
『五七桐』(ごしちのきり)です。
室町の顔とも言える、威風堂々とした家紋です。

足利家紋



posted by 本サイト管理人 at 19:42| Comment(2) | 本サイト(各ページ)
この記事へのコメント
はじめまして。上御霊社の戦いについて検索して本サイトの方に訪れました。
まだ一部しか拝読していませんが、室町幕府への素晴らしい愛を感じます。
私は朝倉孝景、浦上則宗、細川政元が好きなんですが、特に興味なかった畠山政長の印象がかなり変わって、なんだか気の毒になってきました。
明応の政変がメインとのことで範疇から外れるかもしれませんが、いつか細川高国についても書いていただきたいです。あと、朝倉景総についてもぜひ。
Posted by k-holy at 2014年11月26日 12:33
> k-holy様

コメントありがとうございます!!
室町幕府については、私も当初と今とでは、印象が全く違いますw
畠山政長は、さしたる取り柄の無い凡将かと思っていたら
本人が軍を率いた時だけは、戦術と戦略に長けた素晴らしい戦をする傑物だし
その上、非常に人格が高く、人々から賞賛を受けていました。
朝倉孝景(英林)は、「裏切り者」なんかではなく
西軍との誓いを貫いた、信念のある武将だし
浦上則宗は、主家も幕府も立派に支えた、良識ある名将だと思います。

…と、そんな感じで
一般に知られているイメージと
史料から読み解ける現実が、あまりにも異なるので
どうにか、「本物の室町」を知ってもらいたくて
こうして日々あがいています。(でもブログもHPも滞っていて済みません)
ただ…もしかしたら
『明応の政変』以降については、あ、あまり賛同してもらえないかも…
とちょっと不安なのですが
"そういう室町の見方" もあるのだと思って頂けると嬉しいですw
Posted by 本サイト管理人 at 2014年11月27日 15:01
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: