2014年11月02日

室町絵師ランキング(第5位)

(チラ裏シリーズ)

こんばんは、『チラ裏日記』です。

2回連続で絵の話してたら、気分が乗って来てしまったので
『チラ裏人物記』で連載途中の「畠山義就の話」そっちのけで
今日は

  室町絵師ベスト5!!

を発表したいと思います。

…ただし、「絵師」といっても
雪舟とか狩野正信とか土佐光信とかの "専業プロ絵師" は除きまして
 「プロ絵師じゃないのに、絵画スキルがあった高スペックな人
という魅惑のランキングです。



では、早速
栄えある「室町画伯第5位」に選ばれたのは―――
「明応世代」の越前国国主

  朝倉貞景です!!

おお!いきなり朝倉家からのランクイン、おめでとうございます。
朝倉貞景(さだかげ)については
前々回の「リビジョンアップ続報」で軽く触れましたが
若き日の朝倉教景(宗滴爺さん)の主君で
朝倉孝景(「応仁世代」の方)の孫に当たる人物です。


さて、そんな朝倉貞景ですが
『宣胤卿記』(※公家の中御門宣胤の日記)によると

 朝倉(貞景)は、よく絵を描いていた

と。 そして、それを聞こし召した後柏原天皇

 四幅一対の絵(※)を下された」

と。(※…子昭(=盛懋)作の楼閣を描いた唐絵で
幅が一間(約1.8m)に及ぶ長大なものだったそうだ)

しかも貞景

 よき絵師(=プロ絵師)を囲っていた」

と!
どうです、この絵に懸ける情熱の熱さ!!
(※以上、『宣胤卿記』永正元年12月9日、10日)


ちなみに、後柏原天皇からを贈られたのは
当時、既に壊滅的な状態だった「越前国の禁裏御料所の年貢」善処&加増の為で
中御門宣胤は、その仲介役を務めていたのです。


(※ところで、この禁裏御料所の年貢については
 朝倉なんかせこい事していた(年貢ちょろまかしてた)
 とか、ひどいこと言われていますがw
 しかし、当時の領国が
 「守護の一円知行ではない」という実態を鑑みれば
 朝倉では「既にどうする事も出来なかった」と言うのが正解で
  (情けなくてごめんw)
 その証拠に、室町前期の額からは遥かに劣るものの
 かつての御料所の代替に「一定の年貢を納め続けていた
 という誠意を示しているのです。
  (※この時期、荘園の年貢
   どこもフェードアウト&消滅の運命だったが
   朝倉は他にも、公家寺社への年貢を「納め続けていた」
   という、律儀な武家だったのです。)

 したがって
 「朝倉は、姑息な嘘でちょろまかす奴等だった」という解釈は
 史実と整合性が取れません。
 ってゆうか、しどいww  まあ、詳しくはまたいつか。)


さらに、もう一つ
京都の市街&周辺を描いた『洛中洛外図』という
現在、国宝or重要文化財級の屏風絵がいくつか現存しますが
文献上に初めて現れる洛中図
なんと―――
朝倉貞景が新調したものなのです! おおう。
『実隆公記』(※公家の三条西実隆の日記)によると
土佐光信の筆による京中を描いた屏風で、とても珍重で興のあるものだったそうな。
(『実隆公記』永正3年12月22日)

残念ながら、現物は残っていませんが
生涯、京都に訪れる機会のなかった貞景
洛中を描いた屏風絵を眺めながら、ニタニタしていたことでしょう。 ムフフ



朝倉貞景は、戦での迅速な判断力が光る「名将」でもありますが
(※この時期、越前では
 国の命運に関わるようなきわどい戦がいくつかあった。
 でも全部切り抜けたw)
しかし、何と言っても特筆すべきは
政道に心血を注いだ「名主君」であったことです。


建仁寺の僧月舟寿桂画賛によると
 その人を見んと欲すれば、その政(まつりごと)に在り」
と言い
 「独り百姓の憂いを問い、そしてただ修身治国に励んだ
という
「仁政」を敷いた「憂民憂国」の名君だったそうです。
(『大日本史料』永正9年3月25日)

日頃から、百姓を思っては(うつ)になる貞景
優し過ぎるww
他にも、まだまだエピソードはありますが
歴代朝倉家当主の中で、私が一番好きな人物です。
(※ただし、越前初代の朝倉飛び下馬OC英林孝景は別格。)



まあ、「室町優しさランキング」でも上位に入りそうな勢いですが
ただ、室町時代
足利直義畠山政長という
自分が損している事にも気付かない天文学的な優しさを持つツワモノとか
強いのにジェントルマンな大内政弘とかいるし
何より、初代足利尊氏
夢窓国師による、「仁山」の道号に因んだ漢詩に
その慈愛の果てしない高さを讃えられているほど
めっちゃめちゃ優しい「仁」の化身みたいな人物だったのですよ、実は。

(※(じん)とは、他者への慈しみ思いやりの事。
 儒学における道徳観念の一つで、最も重視される。)

だから、文武両道の高スペ侍からヒャッハーまで
あらゆる武士に慕われ
本人にあんまやる気がなくても、尊氏の一声で全国の武士が動いちゃった
という摩訶不思議な時代になってしまった…室町創生期
優しい上になんかてきとーハチャメチャな将軍、とか
ちょっと何それ楽しそう、仲間に入れて欲しいww


室町幕府創生期というのは
あらゆる階層、価値観が入り混じった動乱の時代で
その上、他にも名将はたくさんいたので
(例えば、尊氏のライバルとしてよく名を挙げられる新田義貞とか)
それ故
 「尊氏以外の誰かが将軍になっていた歴史もある」
と言われる事もありますが
しかし、「人徳」という点で尊氏を超えられる人物は
やはりいなかったと思います。
強けりゃ将軍になれる、という単純で甘い時代ではなかった。)

「将軍になるべくしてなった」と、夢窓国師も言われるように
定めを負って生まれて来たとしか思えないような
天性の人徳の持ち主、それが史実の尊氏の素顔なのです。
(ああでも、尊氏の話は後でいいか…)



ちなみに、余り知られていませんが
場末のぬる酒が似合うしょっぱい公方足利義材(よしき)も
実は、めっちゃ優しいエピソードがあります。
特に、とある日記の記述は
今のところ他人の話だと誤解されているので
あれが義材である事は、おそらく私しか気付いていまい…
…ような気がしないでも無い。たぶんw
まあ、楽しみにしていて下さい。

いやーそれにしても
「室町優しさランキング」
強敵ぞろいの熾烈(しれつ)で激しい戦いが予想されますね。
恐ろしや ((((;゚Д゚))))



では最後に
伝説の "洛中図発注絵師" にして、戦の強い鬱キャラ朝倉貞景
受賞記念の自画像をどうぞ。


朝倉貞景


嬉しそうですね。
貞景が嬉しいとも嬉しいです。
基本的に、鬱キャラとかかわいそす系全力で贔屓対象ですので。
…まあ、貞景不憫属性はあんまありませんが。


やはり、最重要贔屓ポジションに君臨するVIP(´;ω;`)ブワリスト
他者の為なら自分そっちのけでかわいそす道に突き進んでしまう
無自覚不憫系
足利直義畠山政長… ってしつこいかww



さて、続きまして第4位は…あの御方です!



posted by 本サイト管理人 at 23:10| Comment(0) | ★チラ裏日記
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