2015年01月01日

正月奉納連画 第一弾

(チラ裏シリーズ)

こんばんは
明けまして「新年早々ユートピア」の続きです。


中世の武士たちが、神仏への祈願に際し
「願文」(がんもん)を奉納して、嘘偽りの無い心で強く誓い祈る事は
これまでも度々紹介して来ましたが
例えば…
元弘3年(1333)、一族家臣たちと共に上洛した足利尊氏
後醍醐天皇の討幕の呼びかけに応じて、鎌倉幕府との決別を思い定め
4月29日
丹波国の篠村八幡宮にて、源氏の白旗を掲げて挙兵
「決意の願文」を奉納します。
その時、尊氏と弟の直義がそれぞれ一本ずつ、神前を進上すると
従う者達もみな、を一本抜いて次々と差し出したので
社壇の前には、奉納された矢が塚を成したといいます。
 (『太平記』『難太平記』)



それから、当ブログ「畠山義就(その1)」で少しだけ触れましたが
『応仁の乱』終結の年の文明9年(1477)9月
西軍の畠山義就は、分国の河内国へ下向するのですが
それに先立つ8月17日
東寺願文を納めて、河内国平定の「本意」を達せんことを祈願しています。

その現存の願文というのが…


畠山義就

(※畠山義就願文(京都市教王護国寺所蔵)
 『大日本史料』第8編之40 …のp.154とp.155の間より引用)


内容は…

 「立願を奉る!
  この度、分国の事につき本意が早々に達せられた暁には
  寺領を元の如くお返しします!
  さらに、河内国の所領も一箇所おまけに付けちゃいます!!
  お願いは以上です!!」


…いや、本意とか関係なく、寺領は返させろよw
とかいう突っ込みは置いといて
この願文は、特に「自筆」とは明記されていないのですが―――
どうですかね?
少なくとも、日付から署名までは
どう見ても同一人物の筆跡だと思いますが
これ本文も…筆跡同じですよね?
 (※「右衛門佐」は、義就の官途。
  右筆による代筆の場合は
  日付まで(署名と花押以外)or 署名まで(花押以外)が別筆。
  ただし、これは政務上の書状ではなく願文なので何とも…)
全体的に、一貫して右上がり
「一」の画の最初最後の力の入り方が、妙に特徴的w
これが義就の自筆だったら
いかにも「らしい」というか、なかなか力強い良い字を書くなあ…と
私はいつも妄想しています。


(※2015.8.18追記―――
 この願文は、やっぱり自筆としていいのだと思う。
 なので、上記の妄想を撤回します。m(_ _)m )




という訳で、前置きが長くなりましたが
私も、祈願文ならぬ祈願絵
しかも、三箇日連続の
「連歌」ならぬ「連画」を奉納して
新年の「本意」に、祈りを捧げたいと思います。

願いを奉る神様はもちろん
武家最強の守護神八幡大菩薩!!


八幡大菩薩


八幡様については
当ブログ「南無!八幡大菩薩!!」をどうぞ。
御影(ビジュアル)は例の如く
鶴岡八幡宮の昔日の「大銀杏」を模した、ロングな金髪です。

ちなみに、画像検索してみると分かりますが
「僧形八幡神像」は、基本
頭上に「日輪」(にちりん。太陽)を戴いた姿で描かれます。
当ブログでも、そのうち紹介する事になると思いますが
なにそれ天照大御神かよ!…とか突っ込みたくてうずうずしてしまう
わりと謎な構図です。


それでは
新年の祈願、明日に続く! たぶん。



posted by 本サイト管理人 at 23:31| Comment(0) | ★チラ裏日記
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