2015年06月20日

六月になったので第六編の話

(チラ裏シリーズ)

こんばんは、気付けば六月です。
お待たせしておりました『チラ裏観応日記』
開演したいと思います。

(※『チラ裏観応日記』は
 尊氏直義時代の真相に迫るカテゴリです。
 これについては前々々回の「かんのう日記予告」を。)


遅っっせーーよ!!とか、自分でも思いますが
始める前に一応
大日本史料第六編の該当部分を通読しておかなきゃなー
と思って、しばらく苦行を積んでおりました。



大日本史料については
本サイト『2-5』「歴史の調べ方」で紹介しましたが
既刊分はデジタル化されていて
東京大学史料編纂所のHPのデータベース
いくらでも閲覧出来るのわ、キーワード検索も出来るわで
めっちゃ便利 & ありがてぇ事になっています。

なので
個々の事案をピンポイントで調べる時や
特定人物の関連事項を漏らさずチェックしたい時などは
非常に効率良くて捗るし
今まで不可能だった研究を可能にさえしてくれるのですが
しかし、全体像を探りたい時はやはり…

 本の状態で、頭から時系列に沿ってざっと通読
 → 関連箇所抽出・再読


という苦行を経ないと、話が先に進まないのです。

(※通読段階では、一言一句読んでいる訳ではなく
 非関連箇所は、綱文(見出し)と注釈のみですっ飛ばしです。
 全部読むなんてしてたら… 成仏してしまいます >< )


なぜって…
"点" で見る歴史と、"流れ" で見る歴史は
本っっ当ぉぉーーーーーに
全く以て別物だから。



"点" で見ていると
前後の因果関係人間関係時代背景や、当時の慣習・常識
という最重要事項がほとんど把握出来ず
そうすると人は
「なぜそうなったか?」を
無意識のうちに勝手に妄想解釈してしまって
その上、その妄想が
"現代人の常識" を根拠としているもんだから
当時の現実(=歴史の真相)とは、かけ離れた答えが導かれてしまう…
それなのに、その説が
なんかすっごい正しいものだと "錯覚" してしまう…
という
歴史のスペシャルトラップに引っかかってしまうのです。
\(^o^)/ナンテコッタww

(※この辺の歴史考察注意点については
 本サイト『2-9』「歴史を見る目」で語っています。)


もちろん
大日本史料に目を通したからと言って、すぐに真相が見えて来る訳ではなく
あくまで、史料の網羅は歴史研究の当然の前提
こっからが本当の戦いだぜ!!
という事です。


特に…
当時の世界を、可能な限り現実に近付けて描き出すには
当時の記録を "当時の言葉"
しかも、時系列順に読む必要があります。
 (↑これをすると、当時の日常というものが
  本当にあざやかに再現されます。)
普通、歴史を知りたいと思って最初に手にするのは
歴史の概説書ですが
これは、当時の出来事を "現代の言葉" で記述したものなので
そこから得られる世界観は
やはり実際とは、やや隔たりのあるものになってしまうのです。
(それが悪い事というのではなく
 ただ少しもったい無い事かな、とは思います。)



ちなみに
一般向けの概説書歴史解説
既存の概説書の情報をまとめた "間接" の又々概説
であることが多いので
史料からの "直接" の考察である学術論文専門書とは
実は…かなり言っている事が違いますw

フィクションノンフィクションくらいの差があって
一体、今まで知っていた歴史とは何だったのか…と
そのギャップにショックを受ける訳ですが
まあでも、そこがスタート地点になるので
悪い事ではないと思います。

概説書を導入として
 もし、歴史にさらに興味や疑問を持ったとしたら
 その後は、学術論文専門書も臆せず読んでみると
 また新たな楽しみが広がるのでお勧めです。)

(※ちなみに、一般向けの概説書と一言に言っても
 専門書に近いものや、論文にも高頻度で引用される名著
 それから、最近多いタイプの
 「現役の研究者が最新の研究成果を直接反映させて書いたもの」
 (つまり間接焼き直しではないもの)
…もあるので
 そういうのは、どんどん紹介したいと思います。)



ま、とにかく人の脳というのは
一つ二つの知識から、膨大な妄想をしてしまう器官な訳ですが
知識が浅い段階で膨らませてしまった妄想的錯覚
実際の史料に触れて、知識を増やしていく事で訂正され
世界観が変わって行く、という事です。

(現代的価値観に基づいた妄想による "錯覚"
 "当時の現実" に軌道修正してくれるのが
 歴史史料や専門書の重要性です。)


私も、初期の無知な頃と今とでは(もちろん今もまだまだ未熟だが)
全っっ然、見えてるものが違います。
振り返ってみれば、史料を網羅していない段階での考察は
かなりの部分で非現実的妄想だったorz …訳ですが
無知な頃は、それ(=自分の感じ方・錯覚)が
なんか合ってるっぽいと思ってしまっていました。
 (脳のご都合プログラムは本当に恐ろしいです、はい。)





さて、そんな訳で
大日本史料第六編についてですが
これは
元弘3年(1333)5月の、北条得宗家終焉 &「建武の新政」開始〜
明徳3年(1392)10月の、3代目義満期「南北朝合体」までの
約60年間(59.5年間)を範囲としていて
現在、約4分の3の48冊(43.5年分)が既刊となっています。
 (※第六編之一が刊行されたのは、明治34年。)

ちなみに、どんな本かと言うと
以前のものは一冊1000ページ前後の書籍で
途中からその半分程度の厚さになった、という
見るだけでヘビー級の本なのですが
今回の
「室町創生期」探究に必要な1〜28冊(34.5年分)は
そこまでがちょうどヘビー級時代のもの、ってゆう。
ごく稀に800ページ切ってるものがあってオアシス…みたいな。

(でも、1000ページのうち
 たった1フレーズでも直義関連の発見があると
 この苦行も一瞬で報われるので、問題ないです。)


さて、この第六編28冊のうち
『観応の擾乱』部分の4〜5冊分は既に苦行済みで
それ以外の部分は
東京大学史料編纂所HPのデータベース
論文、学術書等での探究で済ませて
これ以上は深く踏み込むまい…と思っていたのですが
あまりに、衝撃的な真相がざくざく出てくるもんだから
ああんもうやってしまえ!と
今回、それ以外の部分の通読を終えました。
これからまた再読が必要ですが
まあ、もう大き過ぎる見落としは無い…と思う、たぶん。


ちなみに、『応仁の乱』に関しては
大日本史料第八編(応仁〜明応あたり)の
既刊分42冊(『応仁の乱』開始年〜『明応の政変』の1年数ヶ月前)で
同じ事やってます。
なんか適当にふざけた事言っているようで
実は、結構ちまちま涙出る苦行してるんですw





ところで
室町幕府(or 室町時代)が後世の学術上
「室町」と呼ばれるようになったのは
本サイト『2-3』冒頭で解説したように
3代目義満が『室町殿』を御所とし
以後、歴代足利家家督が「室町殿」と称されるようになった事に起因しますが
現時点での大日本史料第六編の既刊分(48冊)は
永和2年(1376)の終わりまで、つまり
幕府の本拠地が『室町殿』に移る永和4年(1378)3月10日の
1年3か月前までなので
第六編の既刊分に関しては、未だ幕府は "室町ではない" のです。


……。
どうでもいいよ、んな事!!
とか言われそうですが
でもちょっと不思議な気がしませんか?
初代の尊氏直義は、自分達の時代が「室町」と呼ばれるようになるなんて
思ってもいなかったんですよ。
現在の学術上では
"便宜的" に、尊氏直義時代から(遡って)「室町」という呼称を用いていて
それはもちろん、研究成果として的確な表記なのですが
 (だから私も、問題無くそう表記しています)
ただ…
ただ、尊氏直義時代を深く知るにつれて
(この時代には)何となくしっくり来ない名前かな…と
少しだけ感じるようになりました。




ちなみに、尊氏2代目義詮は(特に義詮は)
当時「鎌倉殿」と呼ばれていました。

(※「鎌倉殿」とは、もと、鎌倉幕府の将軍の呼称。
 ただし尊氏に関しては、むしろ「鎌倉殿」は例外で
 「将軍」と表記される事が圧倒的に多いですが。)

その時代を生きていた人々にとっては
実は、"時代" "幕府" としての「鎌倉」と「室町」って
全くの別物ではなく、あくまで延長線上にあったもので
武家政権の長=「鎌倉殿」だったのです。
 (極端な話、幕府の中身は
  北条得宗家以外ほとんど変わってない、とすら言える。)


時代とは、例えどんなに移り行こうとも
あくまで繋がっているものであって
「時代の区切り」というのは
後世の人間が、後から設定してしまった "錯覚"
という一面もあるのです。

(※現代の私達の感覚だと
 鎌倉幕府室町幕府(もしくは時代)に
 明確な線引きをしてしまいがちで
 それゆえ一般に…
  「鎌倉」=古くて否定されたもの
  「室町」=鎌倉という前時代を排除したもの
 という価値観で
 歴史解釈がなされてしまっていますが
 これは、非常に危険な落とし穴なので、要注意です。)



歴史を考察する上の注意点として
 「新しもの=優れたもの」
という固定観念は持たないようにする事が重要です。
これが為に、ほとんどの歴史が正しく解釈されていない
と言っても過言ではない…
もちろん、逆もまた然りで
「古いもの=必ず良いもの」ではありませんが
臨機応変に、時代を見抜く事が肝要です。


例え話をすると…
もし人類が
(智慧・知能的に)右肩上がりに進化していると仮定すると
じゃあ何で
未だに釈迦孔子孟子を超える思想が生まれないのか?
或いは、既に至高の思想は完成されていて
現人類のほとんどは
未だにそこに到達出来ていないのではないか?
…という反証に突き当たります。

必ずしも歴史上
(あらゆる面で)現代が最も優れている訳では無い
もしかして人類って
思想的には退化…もしくは
一進一退を繰り返しているんじゃ…という可能性も
常に意識して、歴史を見る必要がある訳です。




以上を尊氏直義時代に当てはめれば
二人が始めた時代は
「鎌倉」を引き継いだものであって
「北条得宗家専制の修正」と「過去の善政の再生」という
鎌倉幕府の建て直しを掲げたものでした。
"新しさ" ではなく
"正しさ" を求めて始まった時代だったのです。

従って
一般には「直義 "鎌倉的" だった」と言われますが
それは、現代的な発想で
 "古い" 鎌倉に固執していた」
と(否定的に)解釈するのではなく
 「原点に立ち返った普遍の道理に基づく政道で
  天下泰平を目指していた」

と解釈するのが
当時の現実を反映した正解となります。

(鎌倉を "古い" とするのは、あくまで現代人の錯覚であって
 尊氏直義にとっては
 20代後半までを生きた "現代" に他なりません。
 彼らは、古い・新しいではなく
 正しい正しくないかという価値観で動いていた訳です。)


そして、同じく一般に

 『観応の擾乱』は、直義の "古い" 政道の終焉であり
  擾乱を経て確立した "新しい" 幕府体制はより良いものだった」


と捉えられていますが…
これもまた―――
現代の "錯覚" なのです。







という訳で、今日はここまで。
このように、この先『チラ裏観応日記』は
取り留めも無く、半分感想文な話を、締りの無い構成で展開していきますので
ご了承下さい。
 (※これまでのブログ記事では
  一応、構成を考えて
  全体のテーマ、伏線の配置&回収、オチまで抜かりなく
  を心掛けていました。 …え、気付かなかっただと?)

その代わり、なるべく更新頻度を上げて行きたいと思います。
 (とにかく言いたい事が有り過ぎて
  後ろから、むぎゅむぎゅ押されてる状態。 づ( ゚Д゚) <ムギュウ )



しかも、歴史の見方考え方といった
めんどくさい話も交えて行く事になりますが
これはなぜかと言うと…
本っっっ当おおぉぉぉぉーーーーーーに
尊氏直義時代の歴史は
これまでの解釈との違いが大き過ぎて
というか
真相があまりにあまりに意外過ぎて
たぶん、結論だけ書き連ねても
誰一人として信じてくれないと思うから。
なので
初っ端から「どういう作業を経てたどり着いた結論か」
という、つまらん話になってしまいました。
すまぬ…(´;ω;`)


でも、文句言うなら
こんなに秘密をいっぱい隠していた尊氏に言って下さい!
…と言いたいとこだけど
実は、隠さざるを得なかったのだという
むちゃむちゃ悲しい話ですので
ハンカチ積み上げて待機していて下さい。



そんな物語のような歴史に思いを馳せながら
大日本史料第六編前半の全ページをめくり終えて
なんとなく浮かんだ感想は…
二人が思い描いていた "未来"
本当は、実際にたどる事になった歴史とは
少し違った世界だったのかも知れない
もしかしたら、別の名前の未来があったのかも―――





ちなみに
直義は、幕府創生期に政務を主導していた十数年
主に、左武衛将軍武衛左兵衛督と称されるほか
「室町殿」のように、居所に基づいた呼称としては何と呼ばれていたかと言うと…
「三条殿」です。

(※御所(直義邸)が三条坊門高倉にあったから。
 詳しくは、本サイト『2-4』「始まった場所」をどうぞ。)

そして、この幕府中央本部である直義邸は
『三条御所』と呼ばれていました。
つまり
その時点では「室町」という未来を知らない彼らに
仮に名前を付けるなら
三条時代三条幕府という事になりますか。


足利直義


てゆうか、なんだかんだ言って
絵が一番の苦行…orz
今まであまりに自己流だったから
お手本を観察しながら、割とマジで必死なのですが
こっちは全然レベルアップの気配がしない (´・ω・`)
なんかもう、恥ずかしいので…
開き直る事にしました。
 (…いや、諦めろよ。とは私も思う。)


という訳で
六月第六編の苦行が一区切りついた記念に
本サイトのTOPページ「水無月」仕様に変更してみました。
下の花は、紫陽花のつもりです。
え、何、分からなかっただと?
私もよく分かりません。



ちなみに、直義は(天文学的に純粋なので)
花なら何でも好きだったと思いますが
その中でも、特別愛した花がありました。
それは―――「白椿」

…って
また慎ましい花を愛するやつだよ、ほんとw



posted by 本サイト管理人 at 01:27| Comment(0) | ★チラ裏観応日記
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