2015年09月12日

夏休みの宿題(その2)

(チラ裏シリーズ)

こんにちは、『チラ裏観応日記』です。
が終わったようで終わらないような日々が続いていますが
(…というか、天候の不安定さに心が痛みますが)
本格的なが到来するまでは
過ぎ行く夏の思い出に身を委ねたいと思います。


では、前回に引き続き
夏休みの宿題 "第3弾" !!
今回は自由研究です。
各種「室町のロゴ」を作ってみました。

私はこれでも
 「どうすれば室町分かり易く伝えられるか?」
を、常日頃から
割とかなり真面目に考えているのですが
やはり
短い言葉や単純なイラストといった
 一言に凝縮した要約、一目で主張する象徴
が必要なんじゃないかと思って
なんか… 急に思い立って作ってみたw


ってゆうーか、ロゴなら家紋で良いだろ
と思われるかも知れませんが…
ええ、私もそう思います。
日本の伝統的家紋の意匠というのは
最高に洗練されていてセンスが良いので
 シンプルなのに訴えるものが多大!!
の素晴らしい芸術作品だと思います。
(ってゆーか、この日本人の突出したセンス
 近代以降一体どこへ… ってまあいいかw )

だから私もこれまで
『見聞諸家紋』などを参考にちまちま作図しては
各所で多用して来た訳ですが
今回は、一言要約を添えた "室町解説ロゴ" を作成したかったので
室町の堂々たる家紋「二つ引両」をベースに
折角なので、室町のイメージ向上の為…フレンドリーな感じにしてみた。


すみません、無類の室町マニアの私としては
なんか家紋に失礼な事しているようで、かなりどうかとも思ったのですが
あくまで愛する室町の為、という事で御了承下さい。
…というか
「二つ引両」は見れば見るほど
可愛過ぎてやばい…とみんなも思っているに違いない。
やばいくらい可愛いという事はつまり―――

  「二つ引両」かわいい
 → かわいい正義
 → 室町正義!!


という三段論法が成り立つ、ってゆう!!
(;゚Д゚)(゚Д゚;(゚Д゚;) な、なんだってーーーーー!!?




さて、言い訳はほどほどにして
「室町は正義!!」を訴えるべく全身全霊で取り組んだ
夏のフリーダム研究の成果を発表したいと思います。

先ず初めは
室町時代の初期、中盤、後半戦をアピールする
「sunrise 三兄弟」です。


その一、初期(the early days)
尊氏直義の「室町創生期」をイメージしました。


室町ロゴ


"midnight sunrise" すなわち
「夜半の日頭」「真夜中の日の出」
当ブログ「画像修正しました」の最後で解説したように
夢窓国師と直義の『夢中問答集』を出典とする
史実フレーズです。

 極限にシンプルで、究極に深遠―――

という、史上稀に見る素晴らしい言葉だと思うのですが
どうでしょうか?

(※ちなみに、この文言の解釈について
 やっぱりちょっと違うかも…と考え直したので
 当該記事を少々修正しました。)



「室町創生期」については
このブログで、まだ解説が始まったばかりですが
真相を知ればきっと
初期室町をここまで的確に表現した言葉は他に無い!
と賛同してもらえると思います。

(…実は直義は、本当に
 "とある暁"(あかつき)を夢見続けていて
 それが、政道への原動力になっていたようなのです。)


ってゆうか、言葉は良いけど
がどうしようもない感じですが
まあいいか。
一応、「真夜中 → 月 → うさぎ」という連想です。
あと、なんか直義うさぎっぽいから …って益々どうでもいいかw




その二、中盤(the middle days)
6代目足利義教の時代です。


室町ロゴ


室町の中盤って言ったら
3代目義満の北山時代か4代目義持だろ常考
とか思うでしょうが
…すまん、私は義教のマニアなのだ。


ま、義教については本サイト『2-5』を御覧いただくとして
"promised sunrise" …直訳すれば「約束の日の出」
とは何かと言うと、これは
「 "彼の岸" の日の出」を、私が無理矢理英訳したものです。


(※「彼の岸」(かのきし)とは
 「悟りの境地」「涅槃」(ねはん)の事で
 仏教で最終的に目指す "理想の世界" を意味します。
 本サイト『2-6』「君が見ていた彼の岸は遠く…」の最後の方
 「彼岸」「此岸」(←応仁のアイ乱ド)の話と
 当ブログ「室町絵師ランキング(第3位)」仏教解説
 御参照下さい。)


「涅槃」というと、英語では "nirvana"(ニルヴァーナ)なのですが
それだとちょっとニュアンスが違う…というか
ここでの「彼の岸」とは
仏教的な意味というより
現実世界での "理想の境地"、つまりは
道理に基づいて正しく治まった泰平な世」という意味で

 未だ誰も見た事の無いそれを、追い求め続けていた

という事を、「未来の日の出」に喩えて表現するなら
"nirvana" ではなく "promised land"(約束の地)
のが近いかなぁ…と思って
こうなりました。


ところで、私はこれまで
義教が将軍となって天下の政道に生涯を捧げて以来
抱き目指し続けていた理想
「彼の岸」と呼んで来ましたが、それはなぜかと言うと…
実はこれにも元ネタがあるのです。(※もちろん一次史料です。)

今日の所は、詳細は保留しますが
義教は本当に、人々にとっての理想郷道理に則った公平な天下
心から求め続けていたのですよ
たとえ、その身が果てたとしても―――


だからこそ義教は、既得権者には厳しかったのですが
貧富に関係なく道理を適用する」という
万民に公平な世を目指していた、というのは
当時の上層階級(公家武家含む)からは非難されたとしても
後世の日本人からすれば
賞賛して余りある素晴らしい将軍のはずなのに
それが理解されていないのが、なんとももどかしい。

 道理公平第一で、既得権者に優しくない

なんて、どストライクだと思うんですが。
(ちなみに、義教は基本は人に優しいです。
 スイッチ入った時のぶち切れ傾向が多少大問題なだけで
 かなり思いやりエピソードに溢れた将軍です。)


ただ、将軍としての義教「彼の岸」を求め続けていた
という事は、裏を返せば
当時の世の中では、それは実現していなかった
という事になる訳で
 (まあ、これは現代も(ってか現代のが)深刻ですが… orz)
それほど、"理想の世界" というのは遥か彼方にあって
本当は、夢見るだけで決して届かぬ存在なのかも知れないけれど
それでも明日を見続けて
自分の亡き後も、その思いを繋いでいって欲しい
と(密かに)言い残した義教の願いよ、今に甦れ!!
…という祈りを込めて
「彼の岸の日の出」という言葉を選びました。


いや、それにしてはアザラシってどうなんだよ
とか思うでしょうが
すまん、他のロゴを先に作成してたら
ネタ切れしてしまったんだ。
ま、まあ、アザラシかわいいし。
(ちなみに私、ゴマフアザラシ触った事あるんですが
 むにむにでした。)





その三、後半戦(the latter days)
「応仁世代」&「明応世代」のやつらのモットー
かつ、この本サイト&ブログのメインテーマ


室町ロゴ


"stand for sunrise"(日の出の為に戦う)です。

これが本サイトのタイトル「戦国黎明記」の英訳である事は
当ブログ「晩夏の香り」の最後でつらつら語った通りです。

(ロゴでは "Stand for sunrise !" と命令文ですが
 これは、自分(or 自分達)に言い聞かせているのであって
 "We will stand for sunrise." という意思表明に近い感じ
 …のつもり。)


『応仁の乱』にしろ『明応の政変』とその後の15年にしろ
その時代を生きた者達は
薄暗い戦国の縁(ふち)にありながら
しかし確かな「本意」を胸に掲げてを目指していた
という
絶望の入り口にあってなお、希望を諦めない言葉
…だと個人的には思っているのですが
……。


うん、まあ今の所
『応仁の乱』は、意味目的信念も無い戦いで
西軍は単に負けただけだと思われているしね (´・ω・`)
それどころか
『明応の政変』義材たちなんて
(↑11代目足利義材畠山尚順、それから義材に従った奉公衆
 義材陣営は他に、大内義興美濃斎藤、能登畠山、越前朝倉などなど)

不当なクーデターで京都を追い出されたのに
なぜか当然の敗北者扱いで
同情すらされて無いしね (´;ω;`)

でも…
彼らは最後に勝つんですよ。
もちろんそれは
単なる主導権争いだとか、権力への欲望だとかいう
自己の小さな利益に突き動かされた結果ではなく
彼らが、乱されてしまった天下に対し
再び道ある世を取り戻すべく身を捧げた戦いの中で
15年絶え間なく抱き続けた思いは―――

 月と日の 光さしそう 天が下 ついに治まる 御代となるべし

という、綺麗過ぎるくらいの
純粋な正義希望だったのです。


(※この歌の出典は、『明応の政変』の超重要な真相を秘めた
 『金言和歌集』という歌集で
 クーデターで覆された当時の社会についての
  「乱れ行く世」「悪しき世」「濁世」(じょくせ)
 などの極めて厳しい表現が、この政変の本質を物語っていますが
 しかし一方で
 光射す世を決して諦めない、希望に満ちた歌にも溢れていて
 さらに特筆すべきは
 「後世の人々」(つまり私達)へのメッセージを含んでいる
 というタイムカプセル歌集ですので、お楽しみに。
  (※金言(きんげん)とは
   古人の残した模範となる尊い言葉格言のこと。)

 ちなみに『金言和歌集』 "2種類" あって
 これがまたスペシャル重要で目ん玉ポーーーーーーン級
 …なのですが
 歌集自体が壮大なカラクリになっているので
 未だに真相は闇の淵で眠ってる、ってゆう。
 そろそろ寝た子を起こし…… Σ(゚Д゚|||)ギャアァァァァ━━!!! )



というか、そんな "希望" を掲げた戦いの象徴にしては
中途半端な動物になってしまいましたが
これは一応、クマたぬきです。
実はこのロゴは
当ブログ「一周年です」の画像を原型にしたものなので
本当は、最初はにしたかったのですが
他にどうしてもにしたいロゴがあった、ってのと
しっぽをきのこの石づき風にすることで
この時代の最重要人物きのこる先生(=伊勢貞宗を暗喩…
ってどうでもいいかw
つまり、これはしっぽに見せかけて実は石づきなので
クマの様なたぬきではなく、たぬきの様なクマが正解…
まあ、どうでもいいか。


(※2015.9.23…イラスト(とイラストの解説)を
 ちょっと変更しました。)





以上、夜明けの光を未来に夢見る「sunrise 三兄弟」でした。
イラストはへっぽこですが
詰め込まれた思いの大きさは本物です。







さて、続いては
室町の三大長編ミステリー
 『観応の擾乱』 『応仁の乱』 『明応の政変』
の核心を一言でアピールする
「三応(さんのう)兄弟」です。


3つの元号に偶然共通する「応」という漢字についての
私のどうでもいい考察は
「チラ裏総目録「2014年10月〜」」を御覧下さい。


それから "長編" とは言いましたが
この3つのうち、一般的には
『観応の擾乱』は、貞和5年(1349)閏6月(or 8月)から
観応3年(1352)2月までの "3年弱"
『明応の政変』は、明応2年(1493)4月末〜閏4月末の "一時的な事件"
…と思われていますが
しかし実は
これらの事件の謎を解くには
"帰結" までを含めた巨視的な考察をする必要があり
そうすると
 『観応の擾乱』は14年 『明応の政変』は15年
となって
『応仁の乱』の11年と同様に、超長編ストーリーとなるのです。


は?? そんな話聞いた事ねーよ!!
と思われるでしょうが
『観応の擾乱』は3年弱、『明応の政変』はほんの1か月
と考えるのは
『応仁の乱』を、洛中戦の激しかった最初の2年だけ
と考えるのと同じ事で
この誤解があったからこそ
これまで全体像を把握出来なかったのであり
10年を超える長編ストーリーだったという事に気付けば
理論的解明、歴史的意味付けが面白い様に捗るのです。
(※ただ、『明応の政変』は
 巨視的な考察が進みつつあるかなぁ…と思う。)




という訳で
室町ミステリーの解明に貢献すべく立ち上がった三兄弟!!
参ります。

その一、『観応の擾乱』(the Kan-no days)は…


室町ロゴ


これはちょっとネタバレ感満載で
現時点では説明の仕様がありません。

…って、いきなり役立たず宣言ですまんw
でも、最後にはきっと分かって頂けると思います
これが――― どれほど悲しい物語であるのかを。



ま、でも完全放置はプレイが過ぎるので
概略だけ説明しておきますと
"the westerly sky" とは、直訳すれば「西の方の空」ですが
これは「西天」を私が勝手に英訳したものです。
(※読み方は、「さいてん」または「せいてん」
 私は後者で読んでいますが…どっちが普通だろ?)

「西天」とは「西の空」「天竺(てんじく)、インド」の事で
仏教の誕生した地
或いは禅宗においては
始祖の達磨大師(だるまだいし)がやって来た方角
という事で、極めて深い意味を持ちます。


達磨大師は、南インドに生まれ
教えを広める為に
6世紀初頭、海路で大陸のに、その後さらにに渡りました。
それほどの遥か西から祖師達磨大師がやって来た意味は何か?
すなわち極言すれば、禅の真意とは何か?
…を問うのが
 「祖師西来意」(そしせいらいい) (『碧巌録』第17則)
という禅語で
禅宗においては、"西" といえば即達磨大師
という感じです。(…で合ってると思う、たぶんw)

(※仏教で "西" というと、一般には
 西方十万億の仏土を隔てた場所にあるという
 西方浄土=極楽浄土を思い浮かべるかも知れませんが
 その西とはちょっと違います。)



という訳で、なぜ『観応』のロゴが
"the westerly sky" =「西天」かと言うと
これは…
 「尊氏が仰ぎ続けていた
とだけ、今は言っておきます。
(※この「西天」も、一次史料的根拠のあるフレーズです。)


尊氏は信仰心が厚い将軍で、夢窓国師に深く帰依していましたから
禅宗の祖師達磨大師を敬っていた事は言うまでもありませんが
しかし、尊氏にとっての「西天」
憧れと共に、苦しいくらい深く重い意味を持った空だったのです。



さて、イラストは
フレーズが尊氏目線なので、絵の方も…てな訳で
タレ耳犬にしてみました。
てゆーか、なんでついてんだよ!!
とか思うでしょうが
尊氏の麾下(きか。旗下)の軍勢には…

平一揆
 (平氏の武士で構成、具足から笠標(かさじるし)まで赤一色
白旗一揆
 (上野国〜武蔵国北部の国人一揆、旗と笠標と馬も白系
御所一揆
 (足利一門と外様大名の部隊、二つ引両を掲げて将軍尊氏守護



などの各種一揆が結成されていたのですが
その中に意味不明な一揆があった、それが―――「花一揆」


饗庭命鶴丸(あえば みょうづるまる)を大将として
色とりどり、思い思いのを着た(つまり超オシャレした)
若武者たち
薄紅の笠標と、兜の真向(前面)には梅花の枝を挿していたもんだから
四方(よも)の風が吹くたびに、鎧の袖が香った…
とかいう魅惑(?)の一揆ですが
いかんせん、みんな若かったもんだから
思慮も無く(勢いだけで)敵にとっ懸かっていったら
新田義興(新田義貞の子)の軍勢に蹴散らされて
一返しも返さず終了した…ってゆう。 ちーん。

(※以上『太平記』情報。
 観応3年(1352)閏2月のお話。)



って、意味ねぇ一揆作ってんじゃねーよwwww


ちなみにこの時
新田義興(よしおき)は、花一揆の対戦相手に
同じく若武者の一揆児玉党(こだまとう)を差し向けたのですが
これはなぜかと言うと…
児玉党 "団扇" の紋の旗だったので
 「…か。 面白い、が吹けば散るだろう」(※やや訳)
と思ったから。
つまり団扇(うちわ)でぱたぱたしてみた、ってゆう。


って、同じ若者に負けてんじゃねぇよwwwwww
 (そんな事より、新田の勝因がギャグだったとか…衝撃。)


これは突っ込まずにはいられないコーヒー吹かすエピソード
という事で、つけてみました。
尊氏さん、なんて風流なの。


(※ちなみに、かの有名な饗庭命鶴丸については
 色々語る事がありますので、また後日。
 単なる尊氏の寵臣…と思われていますが
 思った以上に鍵を握るスペシャルなキャラです。
 (花一揆ではずっこけましたが
  命鶴は本当はかなり出来る子です。)
 『太平記』によると、この時(数え)18歳
 「容貌当代無双の児」だそうです。 なんだそれww)





その二、『応仁の乱』(the O-nin days)の核心を一言で
と言ったら…


室町ロゴ


となるでしょうか。
一般的な『応仁の乱』認識では、有り得ないフレーズですが
本サイトと当ブログを一通り読んでくれた方なら
まさにこれ認定してくれると思います。

西軍なんて、義視義政も大好きですからね
「We love 公方様s」ですよ。
大内政弘が大軍率いて上洛した理由も
西軍が、本気で東軍をぶっ潰さなかった理由も
大乱が長引いた理由も
これですべて説明出来る!! ってゆう。


ちなみに、イラストはねずみです。
まあ、あんま理由はありませんが
ちゅうちゅう、って感じでしょうか。





その三、『明応の政変』(the Mei-o days)は…これしかない!!


室町ロゴ


"We'll be back !!"(きっと戻る)です。

主語の We は
主役こそ、11代目足利義材畠山尚順(畠山政長の嫡男)ですが
広く "義材親衛軍" を意味し
周防長門の大内義興や、能登の畠山義元
義材と共に諸国を旅して苦難を分かち合った近習奉公衆
伊勢家で義材の為に奔走した隠れた重要人物伊勢貞仍
それから、上洛こそしていないものの
水面下で義材を支持し続けた越前の朝倉貞景
などなどなど…

公家の中には、義材の元に参じた者もいますが
京都にいながら密かに通じ
義材の帰りを待ち続けた者たちもいます。

それぞれの地にあった彼らの
を一つに繋いでいた合言葉が…「きっと、帰って来る」


京都奪還へ向けて、人々の期待を一身に受けていたのが
政変で父政長を亡くした畠山尚順(ひさのぶ)当時19歳(満17歳)。
京都の公家から
その戦いぶりを「神慮」(神の御心)と讃えられたほどの人物ですが
その尚順に寄せられた人々の祈りとは…

 時節をも 待ちて世にまた 尾張殿 出でて喜悦の 眉ぞ開かん

(※「尾張殿」畠山尚順のこと。
 「喜悦(きえつ)の眉を開く」は、運を開く、幸運を掴む
 といった意味。 出典は同じく『金言和歌集』)


つまり―――「Come back 尚順 !!」


(※畠山尚順英雄ぶりについては
 当ブログ「畠山義就(その5)」の上から3分の2辺り〜
 『明応の政変』の先走り解説も御覧下さい。)



そしてもう一つ、『金言和歌集』より

天下の政道が、先の御代の如く
道を道に正しく成敗されて、諸国が相おさまり
安全無為に帰すようにとの願いを歌にして――― (※以上詞書、訳)

 引き返し 御代の政道 正しくて 行き来安かれ 四方(よも)の国々


…という訳で、「きっと戻る」の言葉には
義材たちの「京都に戻る」という決意
道を誤った世を「かつての正しい世に戻したい」願う心
二つの意味を込めてあります。


(※ちなみに、"We'll be back." は一歩間違えると
  (サイトの)メンテナンス中です! とか
  (番組の途中ですが)ここでCMです!
 とかいうズコー!!な意味になってしまうのですが
 まあ… ある意味合ってる。  でも15年て…。 )




ところで
このフレーズと翼と「二つ引両」でロゴを作ろう…とは
かなり以前から考えていて
誰も覚えてないと思いますが、開設当初の本サイトの背景画像
大きく広げた二筋の曲線を描いていたのはその原型で
 「義材とその仲間達が京都に舞い戻る為の
をイメージしていました。
…それが、やっと形になったと思ったら
なんかちんまいクマになってしまうとは…


ってゆうか、なんだこのぬるいクマは!!
放浪野生児義材尚順の闘志が伝わってこないよ!!
…との不満が聞こえて来た気がしたので
 (ちなみに、二人とも元超絶ボンボン
もっととがったバージョン作ってみました。


室町ロゴ


BATタイプです。 ワルそう!!…でもないな
「二つ引両」の可愛さが破壊力でか過ぎて―――ワルくならない!!

さすが、正義ですね。

期せずして、冒頭の三段論法を証明してしまいましたが
まあでも、ちょっとロックな感じにはなったと思います。



以上、歴史の真相を叫ぶ「三応兄弟」でした。
(最後だけ双子です。)




ま、なんだかんだ言っても
この「明応世代」が本サイトの主役ですので
クマをデフォルトの室町キャラにして
どうでもいいんですが一応「むろまくま」と命名し
 「室町とは何か?」
をテーマに、最後にグランドロゴを作成しました。

"the prayers of MUROMACHI"(室町の祈り)です。


室町ロゴ


天下泰平の為に生まれ、天下泰平を祈り続けた幕府
この紛れも無い史実フレーズは
創始者である "二人の将軍" の一生に
深く刻み込まれています。




さて、まだもう少し派生キャラを作ったので
夏休みの自由研究の発表は次回に続きます。



posted by 本サイト管理人 at 16:26| Comment(0) | ★チラ裏観応日記
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