2015年09月20日

夏休みの宿題(その4)

(チラ裏シリーズ)

こんにちは、『チラ裏観応日記』です。
…という訳で
夏休みの宿題 "第3弾"「室町ロゴ」の続きの続きです。


さて、前回まででレギュラーメンバーは揃ったのですが
なんかこの室町ロゴシリーズ
ネタさえあれば、無限に生成出来るような気がして来てしまったので
試しにもうちょっと作ってみました。



その一、8代目足利義政の「東山文化」を象徴した
"the Higashi-yama days"(東山な日々)です。


室町ロゴ


ほんの気まぐれから
今に受け継がれる濃茶のレガシー(遺産)
うっかり残してしまった功績を讃えて
「茶」としました。
まんまです。 それ以上でもそれ以下でもありません。

(※義政濃茶の関係については
 当ブログ「茶道のあの謎」「初瓜献上」の後半
 を御覧下さい。)


ちなみに、頭に乗っているのは
「茶入」(ちゃいれ)のフタで
足のように見えるのは、足付き「茶釜」の足部分です。
(※茶入…茶(濃茶用の抹茶)を入れる陶器の小さな壷。
 茶釜…茶の湯で用いる、湯を沸かす為の釜。)


つまり、頭は「茶入」で足は「茶釜」
という、ハイブリッドな新☆クリー茶ー(※略して新茶
むろま茶幕府のどうしようもない公方よしま茶が始めたという
幻のむろま茶道(ちゃどう)を広めるべく
時空師範として茶イムマシーンで現代に来てみたら
なんか、みんな普通にむろま茶道濃茶を嗜んでいたから
 「あ、あれ? どういうこと?? よしま茶様がいっぱい…」
と、状況が把握出来なくて
ちょっとうろたえている図。

(※ちなみに、「茶道」の読みは
 現在は "さどう" が一般的ですが、元々 "ちゃどう" とも読み
 かつては後者のが通常だったようです。)

やる事がなくなってしまったので
抹茶ソフトを食べながら
しばらく東山の観光スポットをとぼとぼと歩いていたのだが
「青蓮院門跡」の前に差し掛かった所で
義教に見つかってしまい… 万事休す!?


すみません、どうでもいい小話でした。
はい、次!!





その二、室町の「本質」禅語の如くズバリ指し示す
"the quality of MUROMACHI" です。


室町ロゴ


『応仁の乱』の本質が
大後悔の果てに上陸した此岸(しがん)=「応仁のアイ乱ド」
しかもよく見たら「むー大陸」だったよ!!
どうすんだよ!!
…という説については
本サイト『2-6』「君が見ていた彼の岸は遠く…」の最後の方と
『2-8』 『2-11』の冒頭をどうぞ。

(※此岸此の岸(このきし)。「彼の岸」の対極にある
 全然解脱出来ていないこっちの世界。 …はあ。)


ただでさえ黒歴史感はんぱ無いので
せめてイラストの方は
夢と希望の冒険に満ち溢れた感じにしてみました。
…うん、だめだな。 全然反省が足りない。





その三、同じく、室町のクオリティ
ありのままに再現しました。


室町ロゴ


『応仁の乱』時の西軍
容赦無き獰猛(どうもう)については
当ブログ「畠山義就(その2)」をどうぞ。

ただし、「めし」が絡まないとやる気出しません。





さて、「室町」の象徴といえば
やはりあの御方にも登場して頂かないと
画竜点睛を欠くようで物足りない…という事で
八幡宮神紋「三つ巴」八幡大菩薩ロゴを作成してみました。

(※すみません、大菩薩ともあろう方に
 大変失礼な事している予感がしないでもありませんが
 ただ、「三つ巴」は左巴右巴も(その派生系も)
 普通に家紋として用いている武家もたくさんあるので
 室町&源氏の氏神様そろそろ復活!!「源氏元年」計画
 の一環としてどうぞお許し下さい m(_ _)m
 という訳で… )


その四室町武士界の頂点に立ち、全室町武士を統べる俺らの正義
"the justice of MUROMACHI" です。


室町ロゴ


ザ☆八幡グレート菩薩、とか何それ強そう!!(…でもないな)
慈愛に満ちている!!
(…いやせいぜい)はちみつが滋養に良さそう?


てゆうか、なんだこの可愛らしさは!!
あまりに室町が人気無いからって
ちょっと媚びはいっちゃってんじゃないのぉ〜?
…とかいう疑惑を払拭するため
もっと室町らしく
アウトローハードボイルドなバージョン作ってみました。

その五"the last-boss of MUROMACHI" です。


室町ロゴ


口が ω になりました。 ⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーーーン




ところで、なんでみつばちなのかと言うと
"はち" まん様だから…以外の何ものでもないのですが
もう一つ、取って付けた理由があって

 室町のデフォルトキャラ「むろまくま」仲良しだから!!
(というかむしろ、この為に室町のデフォキャラクマにした。)

なんというジャストフィット!!
…いや
クマは蜂蜜とか蜂の巣とか食っちゃうだろ。大好物だろ。
とか、現実的なこと言わないで下さい ><

むろまくまみつはちマン(…と、いま命名しました)から
パワーを分けてもらってるだけなんです!! ><



(ふっ…仕方ない)室町と八幡様の親密さをアピールする為に
わりと有名な
尊氏自筆&花押入り「八幡大菩薩」の神号をご紹介します。


尊氏八幡大菩薩

(※足利尊氏自筆神号(大和文華館蔵)
 【上島有『足利尊氏文書の総合的研究(写真編)』
  (国書刊行会)2001】…の、p.137より引用 )



絹本に書かれた文字なので、いつもとちょっと筆勢が違いますがw
これはかつて、(のぼり)かとして
戦場に翻っていたものなのではないか?…と考えられています。
(それが江戸時代中頃に、軸物として装幀(そうてい)され
 現在に至るらしい。)



尊氏への八幡様の御加護
どう見ても本物…ってかマジカル武運過ぎて意味不明
…というのは
尊氏の戦歴が示す歴史的事実ですが
現代科学をもってしても、未だ解明されていない大いなる謎です。




―― …折角なので、ちょっとここで余談 ―――――――――


武運マジカル…と言っても
尊氏が唯一ボロ負けした戦として
建武3年(1336)年初の京都&兵庫戦がある訳で
その結果、九州転がり込むちょっと退避する
という予想外の展開を迎える事になるのですが
しかし実は…
尊氏はここで、自らの人生の正体を改めて知る(再認識する)
という重大な経験をします。
(↑さらっと流してしまいましたが、ここめちゃんこ重要です。)
つまり結果的に見れば…

 「尊氏九州に行かなければならなかった」
  極言すれば、
 尊氏九州に呼ばれた」

と言い切る事が出来るので(アホかと思われそうですが本当ですw)
この京都&兵庫戦の敗退は
単なる負けではなく「天のシナリオ」
その他の戦でも、一旦本拠地を退いて敵を誘い込んだ後反撃
という戦略的後退が何度かあるだけで
従って、尊氏は生涯 "連戦連勝" だったと言っていいでしょう。

……。
てゆうか
 『観応の擾乱』の最中も、一回直義に完敗してんじゃん
あ、気付いてしまいましたか、フッフッフ…
(※観応元年(1350)冬〜観応2年(1351)2月にかけての
 尊氏方 vs 直義方の大合戦の事。)

実はあの戦こそ
見た目はすっとぼけたテラワロス将軍、しかしその脳内では
一人遥か未来を先読みしてすべてを手中にしてしまう
「未来に生きるワロス仮面将軍」の本領が発揮された
奇蹟の大イリュージョンだったのです!! (↓にちょっと補足)

 (;゚Д゚);゚Д゚);゚Д゚) な、なんとぉぉぉーーーーー!!?

あの戦については、尊氏の行動が謎過ぎ
実は未だに、誰も真相に踏み込んでいない……
一応表層的に
 直義が "勝ち"、尊氏が "負け"
  んでもって直義は、尊氏を(なぜか)超寛大に許した」

という理解で放置されている……
のが現状だったりするのですが
しかし、ある公家の感想に
 「今度静謐非凡慮之所測也」(『園太暦』観応2年3月6日)
 (今度の戦の落着ぶり…凡慮じゃない気がす。)

とあるように
やっぱりあの戦は、"ただの戦じゃない" のです。
 
今でさえ、南北朝好きの間では
尊氏人気は相当高い(一番?)ですが(ただし直義を除く。私の独断で)
この尊氏の真の顔を知ったら
2位を億万光年単位で引き離す事態が発生してしまうと思います。
だって、日本史上ひっくるめても
こんな有能軍師数人分の能力値持った武将、いないですもん。
しかも、人に優しく金銭欲無く権威に執着無いとか…仏かよww
…ただし、あの戦では
尊氏自身は「 "ある人物" に助けられた」と思っていたようです。
その人物とは――― (´;ω;`)




…上の補足) (2016.8.16 わりとかなり論調を訂正)

あの戦の最後についてですが…
とある私的な独占欲と、とある忘恩の慢心から
謀略で『観応の擾乱』を引き起こし
政敵を殺害するという非道な手段で野心の実現に猛進した
いわば中心的首謀者(=高○直)が、敗北の末出家
しかしその直後、一族と共に誅殺される結果を迎えるのですが
ただ、その結果までを含めた "全て" が尊氏意図的な策略だった
…というのは、少し違うかと思います。

(※出家の説得をしたのは尊氏だろうなとは思いますが。
 (ただしその時点で、滅亡の結果が避けられないだろう事も
  分かっていたと思いますが…)
 ちなみに、これとは逆に
 この首謀者(=高師○)と尊氏は完全な共謀者
 「この戦で、尊氏は自派の最有力大名を失って苦境に立たされた」
 との説も有りますが(というかたぶん、これが主流)
 しかし、実はそれが一番矛盾が多い解釈だったりする。)

まあこの結果は
自ら犯した罪業が返って来ただけの全くの自業自得
とにかく多くの武士達の反感を買っていた事実からも
 (あの戦で、直義勢が大勝したのは↑このため)
どうあがいても避けられない結末…だったと言えますが
しかし尊氏は―――
そのような道を誤った者でさえ、の意志で裁きを決するのではなく
の意志に委ねる事で最終的な結論とする、という考えの持ち主だったようです。


…と言うのも、尊氏の言動を見ていると
どうにも悪い奴等に優し過ぎる…と
イラっとしてるのは私だけではないはず、と思うのですがw
 (私は、道理にもとる奴等は問答無用で天誅!派です)
しかしこれは決して
甘いとか、我関せずの放任&無責任主義ではなく
"ある事" を現実として知っていた尊氏
人の運命人智でどうにか出来るものではない事を悟っていて、それと同時に
人を罰する事による憎しみの連鎖を絶ちたいと、切実に願っていたようなのです。

(※建武3年(1336)12月に、一旦和睦した後醍醐天皇が密かに吉野に逃れた際
 周囲が取り乱す中、尊氏だけは「御進退叡慮に任せて自然と落居するのがいい。
 の定める所であって、人の浅智を挟むべきものではない」
 と語り、まさに天下の将軍たる器の人だと人々を感心させた
 という有名な『梅松論』のエピソードも、どうやら根拠があるようです。)



では、その "ある事" とは―――

これは、私も今までそういう考え方は持っていても
現実としては信じていなかった事なので、戸惑っているのですが…
うーん…。
しかし尊氏の不可思議は、その多くが現実となっている
というのもまた、一次史料が示す事実な訳で…

おっと、核心に切り込み過ぎた、今日の所はこの辺で。


―――終わり――― ⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーーーン ―――――




という事で、不思議将軍尊氏にパワーを与えてくれる
正義のみつはちマンでした。




…と、ここでふと思いついた。
(まあ、ここまでも大概思いつきですが。)
原点に帰って、もっと素直にノーマルな「室町」キャラを作ろう!
という訳で
その六、「むろまくま」の「室町くん」が出来ました!!


室町くん


って、なんかさみしそうwwwww

室町くんは、かつて天下の為に
みんなの幸せを第一に考えて、一生懸命この国を治めた
とっても優しいむろまくまなのですが
江戸時代が終わる頃、突然いじめられ始め
何も悪い事して無いのに石ころとかいっぱい投げられて
たくさんたくさん悪口言われて
おうち(…みたいな石の塔)もボコボコにされて
にいられなくなってしまったので
森の奥に引き篭もってしまったのでした。


…って何それ、可哀相すぎる!!!!!


てゆうか、これ実話だからシャレにならん。
私は、これだけ日本史に深く突っ込んでいる事からも分かる通り
自分の国は好きだし、良い国になって欲しいと願う
ごく普通の日本人ですが、その私から見ても
戦前の日本の
自国に対する価値観・歴史観の異常性(間違った歴史への盲信性)は
極めて深刻です。

別に過去の事なんだからいいじゃん!とかいう
無責任な考え方もあるかも知れませんが
この盲信性は、恐ろしい事に未だに根絶していませんし
一度本気で向き合わないと、必ずまた再発します。
 (というか、以下の理由で根本的な完治が不可能なので。)
なんたって、日本人の良心に巣食って
それを腐らせる(=間違った方向一気に増殖させる)という
質(たち)の悪過ぎる病気なので
正義感が強く正しい事をしたいと望む心が強い人ほど
強烈に狂って暴走してしまう、ってゆう。orz

(つまり、良心病巣になるという事。だから本当に恐い… )



あああ…
ちょっと嫌な話になって来てしまったのでこの辺でw
ま、とにかく
道義的に正しい事をした者を貶めて
それと全く逆の歴史で国を作り変えてしまった訳なので
価値観ひっくり返さんと、ってゆう。
(逆賊逆賊と散々ヒステリックに叩かれましたが
 実際は、尊氏直義朝家に対する姿勢
 そして光厳上皇との信頼関係は本当に素晴らしくて
 涙が出るほどなんですよ。
 つまり… なんかもう色々と\(^o^)/オワテル )



ちなみに、室町初代の尊氏直義の考え方の特徴は
 (天下)の幸せと共に、国民一人一人の幸せを切に願っていた
という事。
(つまり「個人の幸福が第一で国はどうなってもいい」とか
 「国の為なら国民は犠牲になって当然」とか言う思想とは
 比較にならない真っ当な精神です。)


もちろんこれは、現存文書が証明する史実です。

史上稀に見る驚異の善根「安国寺・利生塔」については
これから頻繁に語る事になると思いますので、お楽しみに。





長い間いじめられ続けて
今ではすっかりも枯れ果ててしまった室町くんですが
でも、森の奥ではみつはちマンと一緒に暮らしているので
少しずつ、心の傷は癒えているようです。

ちなみに、ご存知のように(→当ブログ「南無!八幡大菩薩!!」
みつはちマンも、おうちをボコボコに大破壊されて
大事な仏像を、もいだり燃やしたりいっぱい酷い事されて
これまでの千年以上の歴史を捨てさせられて
名前まで変えさせられる…という凄惨な目に遭っています。
ああもう… (´;ω;`)

かつては、日本全国を飛び回って
みんなに幸せの「みつはち」(←みつはちマンが集めたはちみつ
を届けていたみつはちマン
今では、森の奥の室町くんのおうちの隣に
たった一つのおうちを残すだけで
あとはみんな、どこかへ消えてしまいました。
いつかまた
日本中の野山をみつはちマンが駆けめぐる日が
来ることはあるのでしょうか。



ついでに…
江戸以前の歴史たち(鎌倉くんとか平安くんとか他いろいろ)は
本当の日本の歴史を共有する仲間として
室町くんが間違っていない事を良く知っているので
みんな心配しているみたい。

街でお祭りがある時とか、みんなで公園で遊ぶ時とか
いつも室町くんをさそってみるんだけど
室町くんは、なかなか森の奥から出て来ません。
どうやら
あの時、離れ離れになってしまったお友達の事が、今も忘れられずにいて
自分だけ幸せになっちゃいけないって思ってるみたい。

そのお友達とは―――



…とか史実妄想し出すと
涙がに!! (´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)ゴォォォーーー!!!!!!



という訳で、このネタで4コマでも展開しようかと
今マジで考え中です。
(まだ人間キャラの史実妄想物語も始まってないというのに… )




あーさて
そろそろ方向性がおかしくなって来たので
我に帰りたいと思います。
えっと、夏休みの宿題の発表をしていたのだった…ような気が…

ところで、夏といえば―――金魚です。
と思って
色々試行錯誤を続けていたら、室町金魚が出来ました。


その七、魚マニアの間でも目撃情報をほとんど聞かない希少種
幻の「むろま珍魚」です!!


むろま珍魚


わーい!!

って、本当にすみません。
でも折角なので、夏の思い出
みなさんに金魚すくいでも楽しんでもらおうかと思いまして
会場をご用意しました。

という訳で
「むろま珍魚すくい」出来たよー  わーい!!
ゆっくりしてってね!!


むろま珍魚すくい


なんか全然希少種でもなさそうですが…まあいいか。

ちなみに、背景の水面ぶくぶく
前々々回の「夏休みの宿題(その1)」で紹介した
ハイクオリティなブラシを駆使して描いたものであって
私の画力が急に上がった訳では全く以てありませんので、ご注意下さい。

ちょっと前にリメイクした画像ですが
当ブログ「山名宗全と細川勝元」の4枚目の "おまけ" も
背景の稲妻に、同じ人のブラシを使っているのですが
ホント、このクオリティどうなのwww
描いてて笑いが込み上げてくる凄さですよ。
あー、ありがてぇありがてぇ m(_ _)m ペコペコ




という訳で、まだ夏の余韻の残るうちに
宿題提出を終える事が出来ました。
ハイパークオリティブラシのお蔭で
みなさんにも珍魚すくいをいっぱい楽しんでもらえたと思うし
いい夏だっと思います。


最後に、8月中に出しそびれてしまった画像で
夏の終わりとしたいと思います。


観応夏日記


―――『観応夏日記』おしまい。



posted by 本サイト管理人 at 16:03| Comment(0) | ★チラ裏観応日記
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