2016年04月29日

2016年GW企画 国宝『神護寺三像』

(チラ裏シリーズ)

こんにちは、『チラ裏観応日記』です。
今年も生尊氏生直義を拝める季節がやって来ました。


京都『神護寺』所蔵(※京都国立博物館 寄託)の日本一有名な肖像画
伝平重盛像(尊氏)」伝源頼朝像(直義)」
毎年GW期間の5月1日〜5月5日に『神護寺』で一般公開される
…という話については
去年(=2015年)の記事「GW企画 国宝『神護寺三像』」をどうぞ。


というかそもそも
「伝平重盛像」が実は尊氏で、「伝源頼朝像」が実は直義
んでもってこの "対" の肖像画の秘密には―――
八幡大菩薩空海(弘法大師)がお互いを描いた肖像画
神護寺の伝説『互いの御影』が関わって来るんだよ!!
衆生を苦しみから救う瑞相という伝承を持つ『互いの御影』
遥か未来に至るまで天下と万民の幸せを願う祈りを重ねて
尊氏直義の肖像画が奉納されたんだよ!!
…という話については
上記ブログ記事に加え「室町絵師ランキング(第1位)」をどうぞ。



観たい! 是非観たい!!
と心が叫んでいますが、今年もやはり行く予定のない私は
脳内妄想スクリーンで、一人悶々と生尊氏生直義を鑑賞するのみ…
…とかやってるだけでは何か寂し過ぎるので
今年も本サイトのTOPページ「期間限定GW仕様」に変更して
なんちゃって「修法」を修し、健全に悶々としたいと思います。
(※修法(しゅほう・すほう)…密教の加持祈祷。)


何のお願いかって…
この「伝平重盛像」「伝源頼朝像」については
美術史方面からも歴史学方面からも実証的な研究が進んでいて
もはやほぼ尊氏直義で真相は間違いない
…という所まで明らかになっては来ているものの
ただ、どうしても
これまで源頼朝像として信じられて来た歴史
(…といっても、記録が残るのは江戸以降ですが)
を乗り越えるには、やはり時間が必要な訳でありまして
しかしこれが、純粋な真実であり
その真実を求める心に偽りが無いならば
必ずは応えてくれるだろう―――
…と思って去年からなむなむしてる、という話については
「かんのう日記予告」をどうぞ。



さて、今年の「修法」
GW期間の4月29日(金)〜5月8日(日)の10日間
初日の今日は「開白」(かいびゃく)ですので
脳内本尊様(←私の中では十一面観音菩薩
祈願の趣旨を述べたいと思います。

 「尊氏直義認定、よろしくお願いしまーす!!」

あくまで無私の心で、天下の為に祈るのがポイントです。
そしてこれから最終日の「結願」(けちがん)まで
毎朝自分のHPを開いては修法仕様のTOPページに向かって
なむなむ自画自拝するGWが始まるのであった… ちーん。

(相変わらず正月奉納絵の使い回しですみません。
 でもちょっと新緑っぽくしてみました
 いつもの高性能ブラシツールでw)



(※2016.5.9追記―――GW期間が終わりましたので
TOPページを元に戻しましたが
上の話が意味不明になってしまうので
この時の背景画像の縮小版を掲載しておきます。
尊氏直義
※左上のキャッチコピーなど文字部分を除く。(左:直義、右:尊氏))



無私の心で願念すれば☆:。*゚(`・ω・´)゚・*。☆は必ず応えてくれる
…って直義が言ってた





さて、康永4年(1345)4月23日に
京都『神護寺』に奉納された尊氏寿像直義寿像について
これまで明かされている事実に関しては
上記ブログ記事で主要な部分はだいたい解説しましたが
その先の事について…つまり
この "対" の肖像画に隠されたもう一つの真意については
私は以前、2015年5月19日のブログ記事
「室町絵師ランキング(第1位)」の後半で

「さらに深い、極めて具体的な目的(願い)が込められていた
 (しかもそれは清く純粋でかなり泣かせる話)」


と述べたのですが…

(↑ちなみにこれは
 尊氏にとっては直義と対である事 "だけ" が
 直義にとっては尊氏と対である事 "だけ" が意味を持つ
 という涙腺崩壊案件 (´;ω;`)
 こんな兄弟愛あっていいのだろうか… という話。)




なの で す が
記事をUPした約半年後(つまり去年の11月くらい)になって
この真相の奥に、さらにもっとショッキングな事実が秘められていた…
という事に気付きました。
当該部分に追記もしておいたのですが…
ラスボス倒して悦に浸ってたら
頭上から巨大なラスボスアルティメットが現れて
え、ちょ、もうMP残ってないよ!
エリクサーとか使い切っちゃったよ!!
どうすんの!これどうすんだよ!!状態です。


まあでも、事実なのなら仕方ない… 戦うしかありません。


ではその真相真相とは―――
という話を始めたいところではありますが
流石にラスボスラスボスだけあって
ここにたどり着くまでの道のりはめちゃむちゃ長かった…というか
その果てしない道のりの全過程を解説しないと、説明不可能な結果なので
現時点では手も足も出ません。 すまぬ、すまぬ… (´;ω;`)


一応、(その道のりの)具体的な要素だけ挙げてみますと…
有名な「宝積経要品」「清水寺の願文」
長門の『忌宮神社』に奉納した法楽和歌とか
尊氏の十一面観音のエピソードとか、尊氏画伯の事とか
というかこれまでの尊氏の言動のあれこれとか
「康永三年の謎」(←私が勝手に命名)とか
政務を譲った事、出家騒動尊氏邸引越しの事…

などなどなどなど
とにかく尊氏の人生のすべてを凝縮したような話で
これらあらゆる史実複雑に総合した結果として導かれる事実
…というエクストラハードモードの最難関迷宮でして
正直、私の慎ましいスペックな脳みそには無理ゲーもいいとこでした。
(未だにHP(ヒットポイント)全快してません。)


というか、本当はもっと早く
『観応の擾乱』の真相や「尊氏の秘密」の解明が大方完了した
去年の5〜6月の時点で気付くべき事だったのに
半年も後になって知るなんて… なんてあほなの
とやや絶望しますが、しかしそれだけ
尊氏の、つまりは太平記時代の真相って
一回の考察では決して解けない謎ばかりで
だけど何度も何度も史料を読み返し、考察を重ねに重ねてたどり着いた真実は
その苦労に見合って余りあるほどの夜半の日頭の如く美しい話だったりします。




取り敢えず今は、言える事だけ精一杯言っておきますと
この二人の肖像画は、奉納の趣旨を述べた「直義の願文」と共に
『神護寺』に納められたものであり
当時の天下政道を主導していたのが直義である事からも
肖像画 "制作" の指揮は直義が執っていた、と考えて間違いない訳ですが
そうすると普通に考えて
もともと肖像画の "提案" をしたのも直義だった
…とするのが妥当であり、私も当初はそう考えていたのですが
これがまた―――


実は、提案は尊氏でした。 Σ(゚Д゚;) マ・ジ・デ!?


しかも尊氏は、真の意図を隠して直義に提案したのです。
上の例えでいうと
尊氏は、ラスボスを理由として
「『夢中問答集』の夢窓国師の説法にある
 八幡大菩薩と空海の『互いの御影』に準(なぞら)えて
 『神護寺』に二人の寿像を奉納しようよ」

と提案し
これに大大大感激した直義がもうめっちゃ張り切って色々頑張った
という感じで
実はあの「宝積経要品」も、最初の切っ掛け(発端)は
これに関連するものだったと考えられます。
(つまりここまでは、直義の他にも知っていた公の話。)

(※ちなみに「宝積経要品」(ほうしゃくきょうようほん)は
 高野山金剛三昧院に奉納された写経&和歌の事。
 詳しくは後日また。)



このラスボスというのは
上述のように「涙腺崩壊の兄弟愛」…という温かい話で
また「宝積経要品」も、肖像画奉納時の「直義の願文」
共に広く天下への祈りが込められたものであり
これら "表の理由" 自体も決して建前ではなく
"本当の理由" の一端(というか大部分)である事に偽りは無いのですが
ただ尊氏
その表の理由(=ラスボス)の裏に
真の理由(=ラスボスアルティメット)を隠して
肖像画の制作を直義に提案したのでした。


つまり、あの肖像画の "真意" というのは
直義にとってのそれと
尊氏にとってのそれとでは
実は若干の違いがあるのです。 Σ(゚Д゚;) !!!!?????


直義尊氏の "両者" にとっての真意であるラスボスの方は
誰しも思わず涙してしまうだろうハートフルな話なのですが
尊氏 "だけ" にとっての真意であるラスボスアルティメットの方は…
こっちの方は…
いやあぁぁぁぁあぁぁぁあーーーーーっっっ!!!!!
と私が錯乱するレベルです。


まあ、見方によってはこれも "温かい話" というべきものなのですが
ラスボスが「涙腺崩壊の兄弟愛」なら
ラスボスアルティメットは… うーん…
上手い言葉が見つかりませんが
 「最愛の代償とは、絶望の事だったのか」
と悟った私が絶望しました orz


まあとにかく一つ言える事は
この二人の兄弟愛というのは…
他人の想像の及ぶようなもんじゃないですよ
(仲良しであって欲しいな〜とか思っていた私の希望すら
 桁違いで超えたものでした… )

たとえどんなに世が乱れ、天がに覆われ人の悪意が渦巻こうとも
二人の間に入れるものはこの世界に存在しない、と言ったところです。





あと最後に… この尊氏の真意
実は明らかになる日が来るはずだったのですが
結局隠されたまま終わる事になりました。
(それはもちろん良い事と言えますが。)
なので、直義は生涯それを知る事は無かったと思われますが
(てゆうか、もし知ったら直義気絶しちゃう… )
ただもしかしたら、しばらく経った後で尊氏
(この絶対誰にも言っちゃいけないレベルの秘密を)
足利高経(というかいわゆる斯波高経"だけ" には
後日談として打ち明けた可能性があるんじゃないかな〜と
長門『忌宮神社』に奉納された法楽和歌から
(まあ半分くらいの確率ですが)思ったりします。

(※この法楽和歌については
 今のところ解説無しの画像のみですが
 「夢想の結果」尊氏直義の)と
 「室町的鎌倉旅行記(その2)」高経の)を御覧下さい。
 ちなみに、この和歌自体は肖像画奉納より(時間的に)の話。)



てゆうかまた高経か!
存在感最モブステルス界の王子かと思いきや
おいしいとこだけピンポイントで颯爽と登場!!(そして速攻で退場…)




高経様は☆*:.。.:*・゚(`・ω・´)゚・*:.。.:*☆今日も健在




…という訳で
今日の話は解説準備が出来ていないと言いながら
ただ、この『神護寺』の肖像画には
深い深い思いが込められている」という事だけ
どうしても早く伝えたくて、壮大にフライングしてしまいました。



ちなみに、肖像画の真意(ラスボスの方)は
直義の最期にも関連する話なので頭の片隅に置いておいて下さい。
(というか、直義亡き後の尊氏の行動にも大いに関連するのだが…
 まあいいか。)

(※直義の鎌倉での最期
 定説となっている『太平記』の尊氏による毒殺説ではなく
 直義はすべて自分で決めて自ら命を絶ったのだ…という話の概要は
 ブログ「暑中御見舞い申し上げます」の前半をどうぞ。)



なぜ直義は、尊氏と和解した "あのタイミング" で
自ら尊氏に先立つ事を選んだのか?
誰にも告げる事の無かっただろうその理由を
この一対の肖像画が教えてくれます。






(※2016.6.19追記―――
 この記事をUPした直後、気になる所をもう少し詰めて考えてみたら
 もしかすると尊氏が隠していた真の理由
 さらに遡ると、当初はもう一つの別の理由だった可能性が出てきた…
 つまりラスボスアルティメットの方は、途中でトランスフォームしていた疑惑!
 うーーーんw )




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posted by 本サイト管理人 at 16:11| Comment(0) | ★チラ裏観応日記
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